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引き上げ品等、放り込み倉庫
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《女性向け》 ハッピーバースディな12月。








クリスマスの迫った12月の夜。スバル360の狭い車内の中で、銀次はひたすら携帯のディスプレイを眺めていた。

日付の変わる時刻ともなると、蛮はすでに運転席のシートを倒して寝に入っているが、そもそも銀次も普段はこんな時間は起きてはいられない。だが、むしろ目が冴えて眠れないとでも言うような表情は、デジタル時計の一分一秒ごとに笑みが深まっていく。そして、デジタル表示が
23:57:00 を示した途端、銀次は慌てた様子で蛮の肩を揺すり出す。
「蛮ちゃん蛮ちゃん! ねえ起きて!」
大声を張り上げて激しく揺り動かすと、とっくに夢の世界に飛び込んでいた蛮も覚醒を余儀なくされたらしく、低血圧らしく寝起きの悪い動作でもぞもぞと蠢き、小さく唸る眉間にはきっちりと皺が寄っていた。
寝起きの蛮の機嫌の悪さを熟知している銀次は、その縦皺がどれほど危険なものかも知っている。だがそれでも、目覚ましの手を止めることはできないのだ。

「ねえ、ちゃんと起きてったら、蛮ちゃん! ばーんーちゃーぁーんっ!」
揺さぶる手は、最早叩き起こすほどに勢いを増していた。
その容赦のない強さが、銀次の必死さを示していると言うのに、蛮は相も変わらず、言葉にならない声を搾り出しているだけ。
焦れる銀次が、毛布を剥いで無理やりにでもと、思考を転換させたその時だった。

ご―― っ!

「――っだ ッ !!!!」

脳を震わせる鈍い音と共に、銀次は側頭を殴りつけられた。

「……………あー……ったく、何だってんだ……あァ銀次?」
「ひっ……酷いのですっ、蛮ちゃんっ。痛いのですっ!」
寝起きの一撃とは言え、機嫌の悪さは普段の非ではない。
平常の1.5倍の痛みに、それでも慣れなのか、殴られたところを手で庇いながら、銀次はタレながらも即座に起き上がって抗議の声を上げる。
が、 眠気を訴える瞳が完全に開き切らずにいると言うのに、その射殺さんばかりの鋭い眼差しで一瞥されると、さすがの銀次でさえ抗議を封じられてしまう。

「……朝でもねえのに、うっせーんだよ。何の用だ。あ?
 くだんねー用事なら、テメ、簀巻きにして東京湾に沈めっぞコラ」
やぶ睨みに加えての重低音で凄まれて、銀次の背筋に冷たいものが走った。
「くっ……くだんなくなんかないのです!
 とってもとっても、大切な用事なのですっ!」
うにうにと人外の腕を振り回すタレ銀次は、先ほどまで凝視していた携帯のディスプレイを、見てと言わんばかりに突きつけて来る。このアホの子が何を言いたいのかを見極めて、値する相当の、そして極大の仕置きを喰らわしてやるために、蛮はいつにも増して冷静だった。

タレるのをやめて元に戻った銀次は、時刻が 23:59:52 になっているのを確認すると、何故か嬉しそうにこちらに目配せしてきた。
主語を要しないことが多い銀次との会話や意図に、蛮が頭を悩ませるのは今に始まったことではない。いつもより時間をかけて銀次の意図を汲み取ろうとするところに、怒りの深さを感じないでもないが、とにかく蛮は、まだ眠い目を胡乱に開いて、ディスプレイの文字を黙々と追うだけだった。

一つずつ目数を上げて行く秒数を数え、やがて一斉にカウンターが 0 に変わった瞬間。

「誕生日おめでとー、蛮ちゃんっ !!!」

はちきれんばかりの満面の笑みを浮かべた銀次は、盛大な声でそう告げた。


「…………あ……?」


どうしても目を見開くことが出来ない眠気をも吹き飛ばされ、銀次の放り出した携帯の文字列をもう一度確認する。

12月17日 00:00:05

銀次の意図を理解するまで実に5秒も要してしまったが、お陰で毒気を抜かれてしまった蛮は上の空で、まるで他人事のようにぽつりと呟いた。
「……ああ、そっか。17日か」
「そうだよ、今日だよ! 17日!
 蛮ちゃんの誕生日!」
自分のことのように喜ぶ銀次の笑顔は、真夜中なのに眩しさすら覚える。
「明日はね! ……って、もう今日だよね。
 お昼にね、マスターがランチとケーキ作ってくれるって!
 あとね、あと、マドカちゃんとか士度とか花月ッちゃんも来てくれるんだっ!」
一人賑やかな銀次の様子を見ているうちに蛮の怒りは霧散した。
素っ気無い口調で単純に突き放す。
「……連中が来て、ナニするってんだよ?」
「蛮ちゃんのお祝いに!
 あのねーあのねー、マドカちゃんに話したら、士度と一緒にお祝いに来てくれるって。
 MAKUBEXはダメだったんだけど、笑師とかヘヴンさんとかねー……そうそう、
 卑弥呼ちゃんにも声かけようと思ったんだけど、オレ卑弥呼ちゃん家知らなくて、
 ごめんね。でも、お昼に電話してみようと思うんだ。来てくれるよね」
「なんなんだそのメンツは」
「えー、だって蛮ちゃんのお誕生日会だよ?
 皆でお祝いしなきゃダメじゃん!」
「お誕生日会って……幼稚園児かよ」
いかにも嫌そうに溜息を漏らすと、銀次は底抜けな笑みを引っ込めて、蛮の表情を確かめるように首を傾げてみせた。

「――― だってさ。
 オレの誕生日の時、皆がお祝いしてくれたの、すっごく嬉しかったもん。
 だから蛮ちゃんの誕生日も、皆でお祝いしなきゃダメだよ」

そう言う顔は頑固なまでに真っ直ぐで、それを直視することが蛮にはできなかった。
思わず逃げるように逸らした視線は、窓の外の星空を彷徨う。

相方の誕生日を覚えていても、蛮が自分の誕生日を忘れることは銀次は知っている。
必死に忘れようとしているのかは分からないが、どちらにしろ、蛮がその日を好ましく思っていないことも知っている。だから、自分が祝わなければならないことも。

去年と今年の銀次の誕生日、集まった大勢に祝われて有頂天にはしゃいでいる姿を、蛮はただ面白そうに見ているだけだったが、そもそもそれだけ盛大な人数から祝われたのは、蛮があちこちに手を回してくれたからだった。
銀次がそれを知ったのは、行き着けの喫茶店のマスターからの内緒話。だから銀次が、お返しに蛮の誕生日を祝いたいと言っていくら尋ねても、蛮はその日を教えてくれなかった。
そんなモン、知らネー、と。ただ一言呟く眉間には、その話題を出すだけで皺が寄る。
自分は無限城で育ったけれど、外で育った蛮がどんな風に生きてきたのかは、何となく分かる。運命を嫌う彼が方々に呪いの言葉を吐き捨てるのは、同じ傷を受けてきたからだ。
それでも生き延びてきた蛮だからこそ、誰よりも自身の誕生を疎んじ、愛されるに値しない、愛する権利もない存在なのだと、ひたすら自分に呪いをかけ続ける。
そして、産まれてきたことの誉れも、生きていることの喜びも何もかも知らない。

「蛮ちゃんの誕生日もね、ちゃんとお祝いしなきゃダメなんだよ。
 だって蛮ちゃんが産まれた日なんだもん。
 この日がなかったら、オレは蛮ちゃんと逢えなかった。
 だから、絶対お祝いしなきゃダメな日なんだよ。
 すごく、すっごく、大事な日なんだよ、蛮ちゃん」

そんな価値もないのに、と。蛮は胸中でひとりごちる。
そもそもが、産まれる前から呪われ続けてきた家系だ。
真っ当な出自ではなかったし、それこそ影の中で蠢いてきた人生だった。そんなこれまでの自分の人生で、唯一の意味のあることは、銀次をあの城から連れ出したことだ。
出逢って、攫うように連れ出して、外の世界を広げた。ただそれだけ。
けれど多分、そのためだけに生きてきたのだと告げられても、ああそうなのかと納得できる。
そして胸を張れる。自分の役目はそれで終りだとしても。

「ばーんちゃん」
呼び声に視線を向けると、銀次が微苦笑を浮かべていた。
自分の考えを読まれていたような錯覚すら感じて、蛮は居た堪れなくなる。
「そう言や、オマエ、何で今日って知ってんだ?」
覚えていたとしても絶対に教えずにいたはずの誕生日を、なぜか銀次が把握している上に、周囲に根回しまでしている。話題の摩り替えのつもりだったが、思い至ってみると銀次に情報を流した人間への恨みもふつふつと沸いてきた。

「えー? 卑弥呼ちゃんに聞いたら教えてくれたよー。
 邪馬人? が、毒香水嗅がせて自白させた、って」
あっけらかんとしたいつもの無邪気な笑顔で、あまり穏やかではない発言をすると、いきなり上体を起こした蛮が唸り声を上げる。
「あ……っンの~~~!」
「邪馬人さんって、卑弥呼ちゃんのお兄さんだよね?」
銀次の問いに、拗ねたようにぶすりと頷く蛮。
「あのヤロウ、信じらんねーことやりやがったんだぞ!
 自白剤とか言いやがって、テキトーに材料ブチ込んだ未調整の
 クっソ怪しー毒香水嗅がされて、俺は意識失った二日間ずっと、
 シイタケと郵便ポストとカンガルーが大挙して押し寄せる幻覚を見せられたわ!」
「うー、わー………」
「シイタケなんか、蛍光イエローだぞ。しかも中途半端にデカい」

しかし、それよりももっと酷かったのは誕生日当日だったことは言うまでもない。
コミュニケーションを重んじる邪馬人は、蛮の誕生日も盛大に祝った。
血縁の絆の薄い蛮のために、邪馬人は彼ら流の最高のやり方で祝った。
『ハッピバスデー ディア 蛮~』 と、嫌がらせ目的の卑弥呼と、わざわざ高低パートに分けてハモったバースデーソングには、真白い彼方の断崖が見えた気がしたし、苺の敷き詰められた不恰好な手作りのバースデーケーキの甘さは死を覚悟した。勿論、年の数だけ立てられた蝋燭の火を吹き消すのにも30分以上時間をかけたし(手で消そうとしたら、縁起でもないと邪馬人に激怒された挙句の泣き落としを喰らった)、工藤兄妹とお揃いのトレーナーのプレゼントを着ろと言われた時も、いっそ死ねと言われた方がマシだったのにとも思った。
一番最悪だったのは、交代交代に 『おめでとう』 と口にする二人の笑顔だった。
心から喜んでいる二人の笑顔に居心地の悪さを感じ、また、祝いの言葉に自虐心を覚え、結局、最後まで感謝の言葉を告げることができなかった。

蛮は、邪馬人と卑弥呼から与えられる、存分な親愛と家族愛を持て余すことも多かった。
邪馬人も卑弥呼も偽りのない好意だけで接してくれていたのは理解しているが、今まで一人で生き延びてきた蛮には、他人の純粋な好意に素直に感謝できる感情がない。
好意を受ける度に戸惑うことで、それまでの自身のプライドを傷つけられた気がして、時々むしょうに暴れ狂う破壊衝動に襲われた。
けれど、その度にそ知らぬ振りをした邪馬人に繋ぎ止められた。

「本っト……人騒がせなヤツだったなー」
呟いた蛮の声の穏やかさに、銀次はなぜか不安になる。

銀次は、蛮と卑弥呼と卑弥呼の兄の関係を詳しく聞いたことがない。
一時期、チームを組んでいたこと、邪馬人の死に蛮が関わっていること、卑弥呼がそのことで蛮を憎んでいたこと、けれど卑弥呼もまた蛮のことを信じていること。
銀次が知っているのはその程度だ。
蛮が邪馬人の死にどう関わったかも知らないけれど、そのことで心に負った傷は深いはずなのに、こうして思い出を振り返る度に、蛮の表情が僅かに和らぐのは知っていた。そして、邪馬人を慕う蛮を微笑ましいと思う反面、羨ましいような悔しいような、何とも言えない蟠りが湧き上がり、銀次に不可思議な焦燥感を植えつける。

もう存在しないはずの邪馬人が、まるで銀次の見えない姿で存在していて、今もなお蛮の意識を根こそぎ浚っているような感覚は、彼の絶大な信頼とは裏腹に、邪馬人からの執着にすら感じてしまう。

「あっ、ねえねえ蛮ちゃん!」

そんな風に考えてしまう自分の思考が一番怖かったから、わざと大袈裟に声を張り上げて空気を変えた銀次は、コートの内ポケットを探って目当てのものを取り出すと、ラッピングされたそれに両手を添えて差し出した。
蛮は突然のことに呆気に取られてか、ぽかんと瞳を瞬かせる。
「あ?」
「えへへ。プレゼントっ!」
嬉しいのか照れているのか、どちらも本意なのだろうが、食み出しそうな笑顔を浮かべて差し出すそれを、蛮はとりあえず受け取った。受け取るまでの時間が長ければ長くなるほど、居心地の悪さが増大されそうな気がしたからだが、それが相手の顔色をますます輝かせたことに内心で舌打ちを漏らして、銀次の笑顔を見ないようにプレゼントに視線を落とす。

それは小さな箱だった。
明るい黄緑の地に子どもっぽい柄が一面にプリントされた包装紙に、目一杯ついた乱雑な折り筋と、すきにかけられた皺だらけのピンク色の布のリボンが、歪んだちょうちょ結びで飾られている、小さな長方形の箱。
「不っ細工なラッピングしやがって……」
「ごっ、ごめんね……
 夏実ちゃんに教えてもらったんだけど。オレ、上手くできなくって、紙もリボンも、
 もうそれしかなかったから、練習とかできなくって、何回もやり直しちゃった……」

一体いつ、蛮の目を盗む時間があったのか。

しどろもどろに言い訳をする銀次の様子を見れば、この体躯の男が、たかがこんな小さな箱相手にどれほど四苦八苦していたのかが容易に想像できてしまって、思わず噴き出しそうになった。この時期にクリスマス柄以外の包装紙とリボンなんて、どこから仕入れてきたのか知らないが、不器用なこの男が四方を駆けずり回ったことも、また想像に難くない。
知らぬ内に口元に浮かぶ笑みを気付かれないように引き締めた蛮は、申し訳なさそうに縮こまる銀次の目の前で、くしゃくしゃのリボンと包装紙を可能な限り丁寧に解いた。

そして手の中にころりと転げたのは、見慣れたメーカーの煙草のケース。

「………」
「あの……ごめんね。
 ほんとは、カートンでって思ってたんだけど、どうしてもお金なくって……
 でも、来年は絶対カートン買うから! 今からちゃんと貯めるから!」
意気込みは認めるが、今から貯めて来年末にカートンかと、さっきからにやけっ放しの口元を覆って内心でツッコみを入れる蛮に向けて、銀次の熱い決意表明は続く。
「……だから今年はこれだけなんだけど、オレ頑張るから!
 仕事もちゃんと頑張るし、セツヤクもするから!
 だから、ごめんね?」
見上げる眼差しに、遊びたい盛りの仔犬がダブる。遊んでくれないの? と、尻尾を振って、こちらのご機嫌を伺う仔犬を見ると、少し意地悪してやりたくなるのが人間だ。蛮は、こみ上げてくる笑いを自制心で押し止めて、鉄の精神で冷ややかな視線で突き放す。

「一年節約して1カートンかよ。安く見られたもんだな」
「ちっ、ちがっ! オレ違うよそんなつもりじゃなくって……!」
「ま、お前がバカ喰いする分回せば、1カートンくらい何とかなるかもな。
 せーぜー期待しねぇで待っといてやるよ」
「ごっ、ごめんなさいっ! オレ、あんまりお金稼げなくって。
 でも、今日は蛮ちゃんの言うこと、何でも聞くから!」

慌てて取り繕う銀次が、蛮の心のキーワードを叩いた(NGワードとも言うが)。

「な・ん・で・も・?」
一言ずつ区切る蛮の問いに、銀次はぎくりと身体を固くする。

蛮が笑顔を見せるのは、実はそんなに稀なことではない。口元を温和に持ち上げる穏やかな笑顔は、顔立ちの良さも手伝って、銀次ですらうっかり見とれてしまうほどの魅力がある。
だが銀次にとって、これは、最も警戒しなければならない微笑みなのだ。
銀次の緊張を感じて、蛮は僅かに目尻を跳ね上げる。

「そんなに警戒すんなよ。
 大したこっちゃねーんだ、ちっと耳貸せ」
「えー……」
蛮に逆らえないことは自分は勿論、蛮でさえ知っているのに、未だ解かない警戒心を顕わに渋る銀次の態度を、蛮が許せる時間は短かった。
「何でも言うこと聞くっつったろが」
苛立ちを隠すことのない声音には銀次も従うしかなく、それでも用心しながらそろそろと蛮の口元に耳を寄せる。何を言われても覚悟はしておこうと思いながらも、どんな無理難題を吹っ掛けられるかと気が気ではない。

口を引き締め、もう、雪山に火竜でも捕まえに良けと言われても良いくらい覚悟を決めて、蛮の言葉だけに集中するために目を閉じた銀次の唇に、何か柔らかい感触が触れた。
「!」
驚いた銀次が目を開いた時には、思った以上に近くにあった蛮の顔が、面白がるような表情を浮かべているだけだった。

「……あれ? いま………??」
ぼんやりと呟き、何かが触れた感触の残る唇に指先を当てる。

「もう寝る。
 ―――ごっそさん」

蛮は、言うや否や、薄い上掛けを頭から被って横になる。
ぽかんと目を瞬かせていた銀次だが、脊椎反射で頷く。
「あ。お休みー、蛮ちゃ……」

しばしの沈黙の後、首まで真っ赤に染めた銀次の悲鳴を、根性で寝た振りを貫き通した蛮の誕生日の一日は、仲々愉快な始まりだった。

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