引き上げ品等、放り込み倉庫
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世界の双子秋のお話。
細やかながら、それを連れてきたのは、彼の意図ではなかったが。
皙い寝殿の床の上に、のっぺりと直接腰を下ろしている小さな体躯がこちらに気付いて顔を向けたことを認めて、ルシエドは失笑した。
守護獣にとって目視はさほど重要ではない。
むしろ、意識体である彼らにとっては、そもそも物体を視界で補う必要がないと言った方が正しい。
ルシエドの兄は、物体に対する視力があまりないために意識の扱いに長けているが、ルシエドは、ほとんどのものを目視するためかあまり得手ではない。
だから、自分が兄に気付くよりは、兄が自分に気付く方が速い。
靴音も衣擦れの音も届かぬうちから、相手がこちらを振り返ったことに苦笑を漏らす。
視界で補ったその頬が緩みがちに微笑んでいることにも笑いを誘われた。
「……………?」
ゼファーがこくりと首を傾げる。
いつも重そうに、不安定に頭を揺らしてはいるが、何やら明確な意思を持っているのか、その不思議そうな表情は揺れてはいない。
「どうした?」
足元から見上げて来る兄に問いかけ、その傍らに膝をつくと、ゼファーは数度瞬きを繰り返して、そろりと手を伸ばしてきた。ついと、弱い力で弟の長衣を口元に引っ張る。
「……何だ?」
首を傾げたまま、ゼファーはさらにルシエドの長衣を手繰るように手元に引き摺り寄せる。
「馨しい香りがする」
「ん?」
「とても優しくて、甘やかな香りがする」
「うん?」
軽く頭を捻ってから思い出す。
長衣に染み付いた香りを探ろうとするゼファーから長衣を抜き取って軽く振り払うと、はらりと寝殿の床に柑子色の小さな花が一輪舞い落ちた。
「これだろう」
「……わぁ」
摘み上げた手の平の上に転がすと、ゼファーは微笑みを浮かべた顔を寄せて香りを確かめる。
「本当に馨しいね。とても好きな香りだ」
ほわりと、それこそ香るように幸せな顔でルシエドに笑いかける。
「ミラーマの辺りで咲いていた。
木になる花で、この季節に満開になる」
「では今、ファルガイアはこの香りに満ちているのだね」
「辺り一面」
ルシエドの言葉に、ゼファーは瞳をとろけさせた。
叶うべくもない美しきファルガイアへの憧れは、ゼファーの心を捉えて離さない。
たとえ、滅びを待つだけの世界だとしても、彼にとってファルガイアはただひとつの美しい世界なのだから。
手の上のいたいけな一輪の花を、ゼファーがじっと見詰めるで、ルシエドはその手に握らせてやろうとした。
だが、ゼファーは小さな両手を背中に隠してしまって受け取らない。幼い姿に似合わない自嘲気味の表情に、瞳で問いかける。
「だって……潰してしまいたくないもの」
ほ、と息が漏れる。
ルシエドは少しだけ間を置いて、花を包み込んだ手を伸ばすと、ゼファーの耳の辺りにそっと触れた。
絹糸のような細い髪の間に、花を差し込んで笑った。
「これなら良いだろ?」
何をされたか理解できなかったゼファーだったが、頭を揺らした時にふぅわりと舞った花の香りに表情を綻ばせる。
「ありがとう」
ゼファーの微笑みに誘われるように、金木犀の髪飾りがそっと香ったような気がした。
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