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引き上げ品等、放り込み倉庫
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世界の双子に春が巡って。








手の中から。指の隙間から。零れ落ちるように。

重さの感じられない花弁は、するりと空に溶けて行く。


芽吹きの季節を迎えたファルガイアに、春を告げる桜が咲く。
冬の間、南に追いやられた春の守護獣が現れてファルガイアを覆い尽くしていくのだと、だから、桜前線は南から北上すると言われている。

千年の昔から枯れたこの大地の砂塵の中に、浮かび上がるように白い蟠りができる。
この、生命を奪うだけの乾いた風の中でも、ひたすらに命を繋ぐために花を咲かせては散らすことは、生き急いでいるだけではなかろうか。

埒もないことを考えていたルシエドの頬を、気付かせるように風が撫で去って行くと、一拍遅れてどことも知れぬ虚空を見つめていた蒼い瞳をからかうように、淡く色づいた桜の花弁が写り込む。フェンガロンの仕業かと風の行き過ぎた先を睨むと、花弁を巻き上げた風は旋毛を描いて慌てて退散していった。

名残を残して、ひらりひらりと舞い落ちる可憐な花弁に、ふと兄の姿を思い出す。足元にたどり着く前に拾い上げたそれを見つめ、


「――おいフェンガロン」

たった今去ったばかりの旋風を呼び帰す。
呼び声に対する明確応えはないが、間を置かずに緩やかな流れの風がルシエドの元にたどり着いた。

ルシエドの気性は、さほど荒くはない。
それは、守護する性質にも関係するらしく、ムァ・ガルトやヌア・シャックスのそれに比べれば、ルシエドなど大人しいと言える。むしろ、ラフティーナやグルジエフの、性格から来る器量の方が手に負えない。
しかし、上位とも呼ばれる貴種守護獣であるルシエドに対して、末席である四大守護獣は気軽に声を掛け合える相手ではなく、フェンガロンのそれがぎこちない緊張したものだったとしても仕方なかろう。

基本的に守護獣には上下の差はないとされている。
だが、元素や物質、存在を基とする守護獣と、感情や事象を司る貴種守護獣とでは、明らかな能力差がある。
その最たる『希望の守護獣』が、ファルガイア人間世界において絶大な支持を持つことから言っても、その双児であるルシエドに対しても、越えてはならない一線が引かれているのは明らかだ。

『風』が足元に留まる。

千年前の大戦以来、ファルガイア世界本体では、ルシエド以外の守護獣のほとんどは実体を保つことができない。
この、蟠っている『風』がフェンガロンであることは、ルシエドには感覚で分かる。彼が萎縮していることも含めて。


「少し手を貸してくれ」

薄く口元を緩めたルシエドの要請にフェンガロンは戸惑いを隠せなかったようで、渦を巻く風の輪が僅かに乱れた。








光源など見当たらないと言うのに、多くの光に囲まれている寝殿は常に皙く、足元の大理石は不思議に磨かれているのに反射はしない。それがどこまで続いているのかは知らない。先は霧より来い白い靄で視覚で捕らえることはでないが、恐らくはどこまででも続いているのだろう。

守護獣の領域は彼らの意思のままだ。
どこに降りても、どこにでも通じている。
それは領域を支配する側、踏み込む側のどちらにも当てはまることだが、時に互いの齟齬が乱れると、要らぬ隠れんぼをするハメになる。

ルシエドはほとんどの場合、相手が無意識下にあるため、相手の姿を目視で探さなければならず、この時も、前方先に寝転がるゼファーを見つけて嘆息を漏らしたのだった。


ヒトの肉塊を持っていないゼファーが寝息を漏らすのは、子供の姿の時だけで、この成年の姿が横たわっていると人形に見える。
その隣に胡坐をかいて腰を下ろし、大理石造の床に広がる細い絹糸のような髪を一房掴み上げて軽く引っ張った。

「ゼファー。おい、起きろ」

物理的干渉には反応しないゼファーに声を掛けながら、同時に意識を滑り込ませて揺り起こすと、ほどなくして兄は瞳を開けた。
眠気を引き摺るような、微睡みの混濁した紅い眼差しは、一度宙を彷徨った後でルシエドに落ち着くまでに、多少の時間を要する。無意識と意識の切り替えが上手く行かないからだが、単に寝ぼけてるだけなのかも知れない。のんびりとした性格なので、行動はすべからくトロい。

「やあ、ルシエド」

とろん、と。今にも眠ってしまいそうな声が耳を撫でる。
そんなゼファーが、来訪を感情に乏しい瞳を笑みに緩めて笑って迎えるので、ルシエドは彼の髪を指から滑り落として、ああと応じた。
いつもは何か軽口でも叩くか、叱るような小言か、少なくとも微笑む兄をただ穏やかな表情でじっと見つめているだけと言うことはない。
不思議に思ったゼファーが声をかけようとしたその時。


はらり。


寝転んだままのゼファーの真上から、不安定に中空を舞い降りてくる花弁に息を呑み、声も目も奪われる。

「………」

淡い薄桃の色を宿した儚いそれは、焦らすような緩やかさで柔らかな軌跡を描きながらゼファーの鼻先に降りてきた。
だがもうその頃には、後から後から競うように舞い降りてくる花弁達の群生の中に埋もれてしまって、彼の紅玉の瞳には乱舞する花吹雪しか写っていない。

脆弱な光源を嘲笑うように、寝殿の空中一杯に舞い散る花弁。
そよぐ程度の穏やかな風に運ばれて、右に左に踊るように笑うように、ひらひらとゼファーの視界で遊んでいる。
時折巻き上げる床からの風に、舞い降りた花弁は空へと躍り出て、再びはらはらと可憐な姿で宙を舞う、まるで生命を吹き込まれたようなその姿に、ゼファーは瞬きも忘れて見入ってしまう。

時に囁くように、時にからかうように。


「落ちた花弁を集めてもらった。フェンガロンに」

今も少し頑張ってもらってる、花弁の波が渦を巻いているその場所を示してルシエドが漏らすのを、ゼファーは微笑んで聞いていた。微睡みに濁る瞳が幸せそうに緩む態を見て、ルシエドも知らずに口元を緩ませる。


「ファルガイアは、何て美しい世界だろう……」
「お前の守護る世界だ」

いいや。と、ゼファーは呟く。小さくかぶりを振って、偽りの身体に落ちた花弁をそっと摘み上げ、


「生きるものの生命の何と美しいことか」


生命への憧れを、ただひたすら祈るように願いながら………

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