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引き上げ品等、放り込み倉庫
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《女性向け》 エドロク。ちょっと真面目なお話。


 







風のない夜の砂漠は静か過ぎて。
生命さえ失われたような、その静寂と静謐が、逆にひどく耳についてノイズになる。
気にならなければ、気にしなければ。

夜はただ、そうあるだけ。



フィガロ城は、広大な砂漠の真中に聳える孤城である。
連綿と続く時代の趨勢を、卓越した機械技術で生き延びてきた。彼らの技術は、自らの存在を守る武器であり、象徴であった。
だからこそ、フィガロは繁栄したのだ。
繁栄するほか、彼らの生きる道がなかったから。
一体どれだけの時間をかけたか、どれほどの犠牲を生んだのか、結果、フィガロは自らの権利を確立した。
今ほどに脅かされる時代ではなかった頃に、彼らはとうに自由を獲得した。けれど尚も、彼らは歩く。
ともすれば呑み込まれる、巨大な《蛇》に背を向けて。




「…………………」

砂の大地がいかに過酷で厳しい環境であるか、世界を飛び回っているトレジャハンタであるロックは知っていた。
だからこそ、一日と保たない花が毎日活け替えられている事や、部屋を飾る観葉植物の鮮やかな翠に感動する度に、自分が気楽に訪れているこの政務室が、フィガロで最も高貴な一等室であるのだと、同時に実感するのだ。

その政務室の大きな窓を開け放って、ベランダに持ち出した椅子の上、ちょこんと膝を抱えて砂を眺めている肌が、冷えた空気に晒されても、ロックは動かなかった。
ただ、月を見る、砂を見る、空を見る。
そして、その先の闇を。

「何か、見えるか?」
涼やかな声が背後から聞こえても、ロックは何一つ動かしはしなかった。身体も、顔も、耳に残るノイズさえ。
ただ一言、皮肉で応えるのが最近の癖になっていた。

「砂」

素っ気無い言葉に、相手は笑ったようだった。

「冷えるだろう? 来い」
促されて、初めて背後を振り返る。
椅子に立てた膝はそのままで首だけを回す。

美しい造作の男が、穏やかに微笑んでいた。
黄金色の髪は神経質な世話係によって束ねられていて、その艶やかな輝きは、夜の室内の明かりでさえも神々しく見える。
厭味なくらい男前、才能に溢れた男は、この上、王様だと言うのだから、これはもう神様でも敵わないでのはないか。
それが。その男が、自分に微笑みを浮かべている、のがロックには奇妙に思えるのだ。

彼は―― エドガーは、書き物をしていた机から立ち、右手の食器棚からグラスを取り出していた。
二つ分のグラスに、棚の下に隠していたブランデーをほんの少しだけ注いだ後、一つを机に、もう一つのグラスは手に持って、ロックの縮こまる椅子の背後に立った。

無言で差し出されたグラスを、どうしようか一瞬ためらい、結局ロックは受け取った。
色々なことが面倒臭くて、砂を、月を、空を見る振りをして誤魔化していただけだったから。

しばらくそうして、二人無言のまま、どことも知れない中空を、あるいは遥かに広がる暗闇の砂、を、見ていた。


『死を抱く黄金の大母』


誰かがそう言ったのを、ロックは覚えていた。
なにものをも、その胎に呑み込んでしまう絶大なる大母。
圧倒的な存在であるが故に、なにものも抗えない。



「あそこに ―――」
思考を遮ったのは、思いがけずエドガーだった。
するりと、空気のように呟かれた声に、反射的に顔を振り仰ぐと、彼は遠くを見つめていた。
その指先が、すっと一点を指し示した。
今、まさにエドガーが見つめている場所なのだろう。
生憎、椅子に小さくなっているロックと、傍らに立つエドガーでは、その視線の高低差は50センチにもなる。はっきりとエドガーの示す位置を特定できないまま、ロックは何も言わず、彼の美しい指先の向こうに目をやった。

どこかしこに広がる砂。海と、たとえられるなら砂の海。

「かつては丘があったそうだ。
 砂から逃れるように。あそこだけじゃない。
 その向こうには、ずっと多くの緑が広がっていて、
 季節になると花が咲いていた」

今では影もない。
言外にそう含ませ、エドガーは所在なく腕を下ろした。

「幼い頃に、古い人間がそう話していた。
 その頃には、全て砂が呑み込んでいたから、知らない」

それでも生きるのだろう。
そうするしか生きる術がないのが彼らなのだ。
だが。

「呑み込まれても、それでも砂で生きようと思うのは、
 今では古い人間の考え方かも知れない。
 機械技術が向上すればするほど、
 それだけでは捻じ曲げられない砂に絶望する。
 そして、砂を捨てる者が出てきても。
 俺はここにいるしかない」


冴え冴えと輝く三日月を見て、美しいと思うのは、恐らく欠けているからこそなのだと悟る。
グラスを無造作に掴んだままの右手は、夜気の冷たさにすっかり固まってしまっている。
口をつける気になれないロックは、短い嘆息の後に、グラスを椅子の足元にそっと置いた。

「それでも、『フィガロ』はまだ存在る。
 人もまだ存在る」

深い蒼の光を讃えるロックの眼差しが真っ直ぐエドガーに注がれていても、彼は視線を合わせなかった。
彼はそうすることを恐れているように、まるでこちらを見ようとしないまま、薄く唇を開く。

「砂が広がり続け、大陸を乗っ取られても、
 それでも争いは起こるだろうさ。
 砂を奪い合う馬鹿げた戦争が、起こるだろうな。
 この、何もない砂を」

絶望しかもたらさない砂漠を。
自分に言い聞かせているようなエドガーのその横顔が、何故だか夜空の三日月に似ていて、整った美しさに、少しだけロックの胸が傷んだ。
何かが欠けた美しさに。

「いつかの日に、何もかも砂に呑まれるのに。
 林も森も、花も石も。機械もだ。
 人も技術も、城も、
 最後には国さえも、全て砂に埋もれる」

何も残らない。
何も、残らない、のだ。

それを嘲笑う国王。
酷く小さく、酷く痛ましく思えてくる。


それでもあんたは、まだ存在るんだ―――。

危うく口に出しかけた言葉を飲み込んだ。
慰めも哀れみも、それはエドガーに対して侮辱になる。
たとえ自分に、そんな気持ちがあろうとなかろうと。



「あんたは、その上に立つ、砂の王だ」



耳の奥にいつまでも残っていたノイズに負けないくらいの声で、ロックは言った。その力強さに驚いたエドガーがこちらを見下ろすよりも早く、ロックは視線をついと逸らした。



砂へ。


いずれ世界を呑み込むだろう、広大な砂へ、と。






フィガロ城は、広大な砂漠の真中に聳える孤城である。
連綿と続く時代の趨勢を、卓越した機械技術で生き延びてきた。彼らの技術は、自らの存在を守る武器であり、象徴であった。
だからこそ、フィガロは繁栄したのだ。
繁栄するほか、彼らの生きる道がなかったから。
一体どれだけの時間をかけたか、どれほどの犠牲を生んだのか、結果、フィガロは自らの権利を確立した。

今ほどに脅かされる時代ではなかった頃に、彼らはとうに自由を獲得した。けれど尚も、彼は歩く。

ともすれば呑み込まれる、巨大な《蛇》に背を向けて。


王は歩く。


いずれ世界を呑み込むだろう、広大な砂、の、王は。
後ろすら見ずに、前だけを見つめて。

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