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一個前の「もしもの世界」の崩壊エンド(夢オチ)の、あとの話。
こんなに長い抱擁は初めてかもしれない。
ゼファーはぼんやりと思い返して息を漏らす。
「……ルシエド」
呼びかけに応答はないが、彼の精神が一瞬揺れたのが意識越しに伝わってきた。
夢を見た、とだけ呟いてからのルシエドは明らかに不安定になった。
「何を視た」との問いには「わからない」とかぶりを振るのみ。そのくせ目覚めの直後から、ゼファーをきつく抱き締めて長い間離そうとはしなかった。
守護獣が夢を見るなど、馬鹿げたことだと。ゼファーは目を閉じる。
『自我を有する意識』である彼の本体は、この広大な寝殿そのものだ。弱体化したファルガイアの秩序の輪で繋がれている守護獣のほとんどは、主に意識体で存在していて、物理現象として目に見えるこの姿は仮初であり、彼の意識の小さな切れ端である。
現在、多くの守護獣はファルガイアへの具現がままならず、意識のみで交信を続けているのだが、欲望の守護獣は常に肉体を維持し続けている。故に、ルシエドは感知するほとんどのものを、視覚で確認しようとする。
それが彼に夢を視せたのだろうと、ゼファーは静かに語った。
ルシエドの触れるものは、ゼファーではない。彼の抜け殻だ。彼の心を鎮める役目を持たない、抜け殻だ。
「ルシエド」
ゼファーが、指先でルシエドの頬に触れると、彼はやっと腕の力を緩めた。ゼファーの肩口に埋めていた頭を緩慢に上げたルシエドは、腕の中の兄を見下ろす。手の平で頬をそっと撫でて、ゼファーはやっと見えた弟の顔に笑みを零した。
「私の好きな色だ」
蒼い瞳。それはゼファーが愛して止まない、ファルガイアの空の色。
自分と対を為す、ルシエドの目だ。
その瞳に映る自分の姿は、本来ならば見えざるものではないはずなのに、ルシエドの瞳を介してゼファーは自らの姿を認知することができる。彼の瞳は、奇跡の瞳だと、ゼファーは本気でそう思っている。
「ルシエド。
守護獣は未来を視ることはできない」
守護獣は、ファルガイアの守護者ではない。あくまでも、星にあまねく存在を司っているだけだ。
ファルガイアの守護獣であったニンゲンは、役目を見失ったことでその力と権威を手放した。あの大戦以前から長い間、ファルガイアの守護獣は空座のままだった。
故にゼファーであろうとも、運命に託されたファルガイアの未来を知ることはできない。
「だからお前が視たのは、夢なんだよ」
蒼い瞳に、戸惑いが一瞬浮かんで消えた。