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《女性向け》 エドロク。雨と王様と、罪悪感。
芳しくなかった天気がとうとう崩れたのは夕方になってからだった。
暗くなって雲の様子が読み取れなくなってから、ぽつりぽつりと降り始めた雨に、もう少し帰るのが遅れていたらしたたかに濡れていただろうと冗談めかして笑ったのが夕食時。それからもう誰もが寝静まった夜半まで、雨は静かに降り続いていた。
同じリズムを刻む雨音に起こされたロックは、隣で寝ていたはずのエドガーがいないことに気付いた。
しかしはっきり聞こえる外の音と冷たい空気の漂う狭い室内で、彼は探すまでもなく開け放った窓辺から外を眺めていた。
ベッドサイドの弱弱しい明りも僅かに及ばないエドガーの横顔は、ロックには見えなかった。この暗がりの中では、あの美しい金色の髪も大人しくしているようで、それが妙にロックの不安をかきたてる。
「………寝ないの?」
寝起きで掠れた声は、届いていないのではないかと思うほど小さかったし、雨音にかき消されてしまったかも知れない。ロックがもう一度声をかけようとした時に、やっとエドガーは同じような声量で静かに返した。
「寝るよ」
「……何してんの?」
「雨が降っている」
ああそうか、とロックは吐息を漏らす。
砂漠には滅多に雨は降らない。
そして一年に訪れるほんの短い雨季の間、彼は王としての政務と技師団総帥としての仕事に追われる。雨は乾いた国に恵みをもたらすが、同時にエドガーを忙殺する。
ゆえに、こんな風に落ち着いて恵みを眺めていられることは、勿論なかった。
「面白い?」
欠伸を噛み殺して尋ねると、エドガーは「見ていて飽きない」と素っ気ない。
確かに、その言葉どおり、よほどお気に召したようだ。
ロックは足元に蹴飛ばしていた二枚目の毛布を引き摺り上げて、冷えた空気から守るように身体に巻きつける。それならば好きなだけ眺めていればいいなと結論して、さっさと寝なおそうとするロックだったが、一瞬早くエドガーに引き止められた。
「お前が言ってた通りだ」
「…………?
なにが?」
そこで初めてエドガーは、ロックを振り返る。
「何もかも」
「………」
首を傾げる彼に、エドガーは確かに微笑んだ。
「……雨も、雪も、緑も。
フィガロから出たことのない私に、
お前が聞かせてくれた通りの世界があるよ。
お前が話してくれた通りの景色だ」
フィガロに立ち寄る度に、あれやこれやと世界を渡り歩いた話を聞かせることは、ロックにとってはただの酒の肴だった。だからエドガーが聞きたがることが楽しくて、何でも話してやった。
ただそれは、フィガロに縛られているエドガーのせめてもの慰めになってくれれば、と少なからず願っていたロックを後悔させた。
彼の語る世界が、エドガーにどんな憧れを抱かせてしまったのか。
陳腐な言葉で造られた世界を彼に与えてしまったこと。
果たしていま、彼の目に映る世界は美しいものであってくれるだろうか。
いま一度エドガーの見ていた窓の向こうの外界へ視線を寄越せば、ロックにも彼と同じものが見えたような気がした。