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引き上げ品等、放り込み倉庫
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【女性向け】 北テル。
たまには2/14ネタを。べったべたなネタなのと、きたみが相変わらずへんたいおやじで困るわー。




明暗がくっきりと分かれる日、2月14日。

チョコレートを貰えるスタッフと、貰えないスタッフ、そしてこの日が憂鬱な者と、この日を待ち望んでいた者。
これらの明暗がくっきりと分かれる2月14日は、バレンタインデーである。


例に漏れず、全身ほぼ黒の装いで(出来ることなら白衣も黒を着用したかったくらいだ)望んだ北見の一日は途方もなく長かった。出来ればこの日は休みか夜勤にしてもらいたいのだが、院長の意向で朝から女性客……失礼、女性患者からの攻防と逃亡劇に時間を費やした。
北見は大動脈瘤の手術の時でさえこんなに集中したことはないくらい朝から神経を研ぎ澄ませて、背後に感じる多くの女性の気配に圧されないように必死に自分を保った。しかし棟や課の違う看護士達にも狙われ、今日と言う日に限っては回診時だけでなく、医局にいる時ですら彼の心安らげる場所はなかった。

結局、留守にしていた間のデスクの上、押し付けられた受付やナースステーション、職員出入り口、駐車場での待ち伏せから受け取らざるを得なかった贈り物の山に、本日最大の溜息と眉間の皺を刻んで、忍耐の日の試練は終わった。

彼にとってみればこの一日は、三日貫徹したのと同じ疲労度に相当していると言うのに――

「ぅっわあー、今年も大漁っすねえー」

持ち帰ったラッピングの山を前に、目を輝かせるテルの感動の溜息すら忌々しい。

「北見先生、本当相変わらずモッテモテですよね~。
 こんなに沢山貰ってるのに、
 チョコレート嫌いなんてマジで勿体ないっすよ」

まあ、そのお陰でこっちはしばらくおやつに困らなくて良いんだけどね~、などと妙な節をつけた鼻歌もどきに興じながら上機嫌のテル。こっちは一日中張り詰めて磨り減った気力を、せめて自分だけでも労わっていると言うのに気楽なものだ。
だがそんな嫌味をテルに言おうものならば、またきっと気分の悪い揶揄をされるに決まっている。この疲れきった精神力で相手をするにはこの男はどうにも厄介だ。

北見が頂いたチョコレートの贈り物をテルは戦利品と呼ぶが、あいにく北見にとって勝ち取って嬉しいものではないので、あくまでも『頂き物』だ。しかも全てテルの胃袋に収まってしまうので、これらの贈り物が北見にとって、一体何の意味を持っているのかたまに分からなくなる時がある。

――訂正。

『……こいつの貴重なタンパク源か』

色々と釈然としない部分はあるが、あまり深く考えるともっと虚しい気分に陥ってしまいそうなので、北見はとりあえず考えることはやめた。

そうこうしている間にも、テルは片っ端から『戦利品』の豪奢なラッピングを次々に剥いでいく。
いつもは不器用なテルだが、毎年の膨大な作業に手が慣れてしまったのか、いつにない手際の良い動きで中身を取り出しては、一つずつ吟味して選別する作業に取り掛かっている。

一人で、これ美味いだの苦いだの、お酒だだのぶつぶつ評しながら味の好みや菓子の種類、消費期限によって、いつ食べるものかを細かく振り分けている。北見はそれをぼんやり眺めている間、仕事の書類作業でもそれくらいの熱意を持って真面目に細かく上手に捌けないものかと思わずにいられなかった。

しかし、一口サイズのチョコに留まらず、ガナッシュやフォンダンショコラやチョコマフィンの焼き菓子になると、口元や手をチョコで汚す不器用さは改まらないらしい。そのため、チョコレートの香りが充満し始めたリビングの空気に閉口した北見は、ヤケクソのようにそれをつまみにウイスキーをストレートで流しこむことにした。
この数年で前にも増してチョコレートが嫌いになったのは絶対にこいつの制だ。
目眩を感じるような鈍痛を頭の奥に感じて、北見はうんざりと瞳を閉じた。アルコール濃度の高いものを選んだお陰か、喉を焼くような刺激に嗅覚が麻痺したように思える。



北見に渡されるチョコレートは、好意の証。
それらは大小あれど、彼に向けられたたった一つの気持ちだと言うこと。

色々な立場の女性から贈られる気持ちの多くは、北見の外見に宛てられるミーハーなものがほとんどだが、その中にも真剣な恋心は少なからず存在する。それらに対して応えることのできない後ろめたさと居心地の悪さが、北見のバレンタインアレルギーを悪化させている。

テルはと言うと、もう彼に宛てられるものは全て義理だからだろうか、北見が受け取った『気持ち』であるチョコレートには何も言わない。明らかに本命を窺わせる手の込んだチョコレートを見つけても、北見が差し出される場面に出くわしても、北見が寄越した山の中に埋もれてしまった恋心を、わざわざ掘り起こしもしなかったし問うこともなかった。
北見はむしろ自分よりもテルの方が、知らない誰かの大事な気持ちを尊重すると思っていた。
「北見への気持ちがこもったチョコなんだから、北見が食べなきゃ!」くらいの説教は覚悟していただけに、全てを平坦に扱うテルの無関心には拍子抜けした。

どの道、アルコールの影響で少しずつ鈍ってくる頭ではあまり細かい思考のできない北見が、結局は食い物の魅力には勝てないのだろうかなどと結論を出す視線の先で、テルは小さく「あ」と驚いたような声を上げる。
相変わらず熱心に作業を続けていたテルの手が止まっていたことが何より不思議だった。

「……なんだ?」

「え、あ、いや。
 これ」

と、広げていた包みを広げてみせる。小さな木箱に転がる、ざらりとした表面が特徴的なトリュフチョコが数粒。

「これが、すっげー美味くてびっくりした!」

北見のバレンタインチョコ行脚の成果か、テルの舌もかなり肥えたと思われる。
何でも美味しく頂ける美徳は勿論変わらないが、チョコに関しては高級店の味すらも覚えてしまったテルを「美味い!」と、手放しで褒めさせたチョコレートだ。このチョコを作ったのは誰だ!と言いたい気持ちで、箱と、剥いだ包みとを交互に見回すのだが、どこにも店名の表記がないことにテルは落胆した。

「手作りかー……」

では大事に食べなくては、と『特別な時にだけ食べていい枠』に仕舞うことに決定する。
しゅんと肩を落として萎むテルの姿が何のツボを突いたのか、北見は小さく鼻を鳴らして笑った。

「それの残りは冷蔵庫に入ってるから、
 全部食っていいぞ」

「はぁい………

 ………………

 ……………………は??」

もげてしまうのではないかと北見が心配するほどの勢いで首を回してこちらを凝視するテルの形相が、さらに北見の笑いを誘った。いつになく緩んだ口元はアルコールの成せる業だろうか、にやにやと窺う眼差しが少し苛つく。

「これ……
 北見先生の手作りっすか、もしかして……」

テルは木箱を手に恨めしげに睨み上げてくるが、北見はもう気分が良くて仕方ないのか、冗談めかした態度で肩を竦めた。
つまりそれは肯定ってことっすね、と口の中は甘いはずなのに苦虫を噛み潰したような感覚に眉間に皺を寄せる。

「何で黙って混ぜたりするんだよ。
 くれるなら、ちゃんと手渡ししてくれりゃ良いじゃねーかよ。
 大体、北見はバレンタイン好きじゃないから――」

「そう言うお前はどうなんだ」
「はい?」

「お前 から は、ないのか?」

「………えぇ……と」

思わぬ反撃にしどろもどろになっていると、北見はなぜか真顔で彼のすぐ近くに移動してきた。

「お前はもっと、こう言うことにはうるさいと思っていたがな」
「………北見が好きそうじゃないから」

間近で見つめられて居心地の悪いテルが視線を逸らしてぼそぼそと返す声の調子は、本心を誤魔化す時のそれだ。
少なくとも北見の知っているテルは、そんな殊勝なタイプではない。記念日男と言ってもいいくらい、イベントごとに張り切るのに、なぜかバレンタインの時は決まって静かになる。
確かに、北見がチョコレートのみならず甘い菓子を忌避していることも関係しているのかも知れないが、やりたいと言い出したら北見にだって強引に無理を押し通そうとするのだ。

だから興味が湧いた。

山ほどのチョコの中に埋もれてしまっても良いと思って、あえて『戦利品』の中に紛れ込ませていたが、付き合いの濃さと長さを逆手に取った北見の手作りチョコは、見事に彼の好みを突いた。
テルの胃袋をしっかりと掴んでいる事実確認が出来たことで、今日一日の疲れもどこへやら。

「いつもそれくらい聞き分けが良ければ助かるんだが」
「別に忘れてた、わけじゃ……」

「あるのか?」

両手の平を上に向けて軽く揺らして催促のポーズを見せると、ぶすりと口を尖らせる。

「…………」

テルにしてみれば山ほどのチョコレートも、北見が認知しなければただのプレゼントだ。そう片付けてしまえば、その裏に見え隠れする気持ちも見ないで済む。今日がバレンタインでも、北見が気持ちを受け取らない限りは、テルは不安にならなくて良い。
だがそれを上手く説明できそうにもないし、無碍にされてしまう北見に寄せられた多くの好意への後ろめたさから、テルは北見に何かを贈ることも、誰かの気持ちを汲み取れと言うこともしなかった。

北見はテルのことを、何を考えているのか分からないと、よく呆れたように漏らす。

でもそう言う北見だって、いきなりバレンタインに参加したがったり、チョコを要求したりしてさ、分かってる? そんなこと言い出したら、北見はチョコをくれる女の子の気持ちも考えないといけなくなるんだぞ、その上で、一人一人にきちんと断らないといけないし、どうせ北見は上手く対処できなくて泣かせちゃったりして、困るのはあんたなんだよ?


普段ならこんなに執拗に絡んでくる内容ではないのに、どうも酒のちからでたがが外れているようだ。
答えあぐねているテルの反応を楽しそうに見ていた北見だが、すぐに飽きてしまうのも酒の制か。いきなりテルの腕を掴んで引き寄せると、チョコレートで汚れた指先を口に含む。

「ちょっ………!」

テルが突然のことに目の色を変えて慌てて逃げようとしても、がっしりと捕まれた北見の力は振りほどけない。

「―――っ!」

アルコールを含んで、いつもより熱い咥内にびくつく指先についたチョコレートを、北見はねっとりと舐め上げる。予想外の舌の熱さに、テルの意識が指に集中したことにより謀らずも逃亡を阻んだ。

舌で指の腹を包むように舐め、歯はたてずに唇を使って何度も吸い上げると、なぜか口に広がるチョコよりもずっと甘い。音を立てて執拗に舐めれば、頬を紅潮させたテルが身体を震わせていちいち反応する様子がひどく扇情的だった。

「…………きた、みっ」

握り返そうとしてくる力の入らない指を解放してやると、僅かに潤んだ眼差しで睨んでくる。そんな真っ赤な顔では何の威力もないのに。

「らっ、来月は………頑張ります……」

顔を逸らして、けれどしっかりと指を絡めてくるのは催促のつもりか。
殊勝な言葉に免じて、焦らせるのはほどほどにしてやろう。

「ベッド行くか?」

何とかみっともなくならないように抑えたが、緩む口元は隠し切れない気がする。けれど、幸いテルは真っ赤にした顔を俯けていたので見られなくて済んだろう。ぎゅっと握り締められる手のひらの熱を自分が与えたのだと思うだけで、北見は今日のこの日もそう悪くない一日だったと振り返るのだった。


 

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