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引き上げ品等、放り込み倉庫
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【女性向け】 北テル。
おかしいな、不思議だな。何で気づいたら北見が助平オヤジになっちゃってるんだろうか。え? いつものこと? ええ??



北見との奇妙な関係は、テルの食生活に少なからず影響を及ぼした。
家庭的な蓑輪朱鷺子の食育により、テルの味覚はもともと洗練されていたのだが、北見と出会ってからはそれに輪をかけて舌は肥えた。

そんな関係の二人が、北見とは特に約束はしない。
「来るか?」と気紛れに声をかけてくる北見に「行きます」と返すのが通常のやりとりだったから、北見の用がない限りテルが押しかけることもなく、そんな日は同僚と飲みに出ることが多い。
この日も青木に夕飯を誘われている場面を北見に目撃されていて、そんな時は彼も割り込まない。
このところは北見が用事を入れていたし、たまには同僚との親睦を深めさせておかないと気が抜けまいと、明日の昼にでも連れ出そうかと諦める。
それが午前中だった。

しかし、結果的にはなぜかテルは北見の家にいた。

「…………」

山盛りの豚の生姜焼きの量は、もはやご飯がおかずのように見える。
見ているだけで腹がもたれる食いっぷりに、北見は酒の肴を摘むだけで充分だった。

この世の天国にでもいるような表情で一心に肉を掻き込みつつ、美味いっス!  を何度も繰り返す。そんな光景を、北見はカマンベールチーズをむしり取りながらぼんやりと眺めていた。
その視線はやはり無粋だったのだろうか、テルは休むことなく動かしていた箸を止めて口の中のものをゆっくりと飲み込むと、北見の機嫌を量る時の顔で首を傾げた。

「……あの、なんなんスか?
 ずっと見られてると、ちょっと……食いづらいんです、けど」

こちらの様子を窺うテルの居心地の悪そうな雰囲気も、彼の問いも、残念ながら北見の頭には入ってこなかった。
と言うのもこの時の北見は、テルの口の端にだらしなくついた醤油だれが気になっていたから。指摘するべきか迷ったが、どうせこの後も汚してしまうのだろうから、とあっさり結論づける。
テルは食事を再開させるよりも、疑問(問題)を解消してしまいたかった。
北見の地雷を読めないテルなりに、言葉を選んだ抗議が流されてしまったので、今度はしっかりと相手の目を見て問いかける。

「……何で北見先生、こっちばっか見てるんスか?」
「他に見るものがないからだ」
「じゃあ、テレビでもつければいいじゃないっスか」
「食事中にテレビを見せない躾をしている」

「しつけって……」

俺は犬かと、喉まで出掛かった恨み言をすんでのところで飲み込んだ。
北見が、呆れた顔で「犬の方がまだマシだ」と吐き捨てる姿が浮かんで消えたからだ。

「……んじゃさ……
 テレビじゃなくて、ほら……何かこう、団欒?
 みたいなの、したら良いんじゃん」

団欒みたいなのって何だそれはと内心毒づきながらも、北見にとっては夕方から抱いていた疑念を晴らすいい機会だ。

「青木と約束してたんじゃなかったのか?」
「………は?」
「青木に誘われてたろ」

テルは指摘に一瞬怯んだ。即座に曇るその表情に、北見は何事かと気色ばむ。

「……………」
「青木となにかあったのか?」

ならば職場の機能を円滑にするため、部長として仲裁をしなければと眼差しを険しくする。

「いや………その。
 青木先生がさ、美味しいカツ丼見つけたから
 行こうって言ってくれたんだけどさ……」
もごもごと歯切れの悪い様子でさらに手の中の箸を弄り回す。

「カツかー、豚かーって考えてて、
 北見の生姜焼き美味かったよなー……って
 思い出しちゃったら、もうさ」
 
「………………………」

「勤務中、ずーっと食べたくて食べたくて……」

それで青木先生に断りを入れた、とテルは消え入りそうな声で告げた。

「………ほぅ」
「あ、えと、今日のもむっちゃ美味いっス」

「それはどうも……」

何気なく答えられたか不安だったが、直後に食事を再開したテルの勢いを見れば成功したのだろう。
北見は危うく緩みそうになる口許をきつく抑えて顔を俯けた。できることならテーブルに突っ伏して、込み上げる笑いを吐き出してしまいたかったが、プライドに賭けて我慢し切った。

テルは一心不乱に焼き豚を掻き込んでいる。

働き盛りの成年にはカツ丼だって魅力的だ。気の置けない同僚との酒を交えた夕食だってそうだろう。しかしそれを振って、テルは北見を選んだ。
いや、正確には「北見の料理」を。

ようやく鎮まってきた興奮が、今度は喜びと言うかたちで彼の口許を緩める。

料理の腕前は、テルと出会ってから上達したと自負していい。
それはテルを満足させられれば彼を手に入れられると踏んだからだが、かつては一夜だったはずの小賢しい計算が、今や一生を掴もうとしている。

もしこのまテルの胃袋を掴んで、彼の味覚が北見の料理しか受け入れなくなってしまったら?

そんなくだらない妄想が、北見の心を沸き立たせた。

テルの好きなものは何でも作ってやろう。そして味覚を完全に支配してやろう。どこの三ツ星レストランでも満足できないように。

北見は、上機嫌で皿の肉がなくなっていく様子を眺めていた。
いくらでも食え。足りなければもっと作ってやるし、食いすぎでもきちんと面倒を見てやるぞ、と。

差し当たっては夕食で摂ったカロリー消費を手伝ってやるから、さっさと食い終わってしまえ。

この時の北見の笑顔の不気味さに気づかなかったテルは勿論この後、美味しくいただかれることとなったのだった。


 

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