「 ごめんなさい、思い出せないの…… 」
「 また泊まりに来てくれたんだね? 」
「 おかえりなさい こんなに傷付いて…… 」
「 ペンシルロケットを飛ばしてみてくってさ 」
「 お前、ゾンビじゃないだろうな? 」
「 あなたを まって いたの 」
――あんた、だれだ――?
目を覚まして一番に見えたものは、白い天井だった。どこだ、ここ? って、一瞬頭を捻ったけど、その答えはすぐ分かった。病院の臭いって忘れたくてもそうそう忘れられるものじゃないだろ。
どこの病院だかもすぐ分かった。サンクスギビングの、あのぼったくり医者のところに違いない。
ダンカン工場のミサイルを飛ばしたオレとロイドは、サンクスギビングに帰る途中でマッドカー達に襲われた。帰り道でくたくただったから、ヤツらの出した排気ガスで喘息の発作が治まらなくなったオレは何もできなくて、そのまま気絶してしまった。最後に見たロイドの顔が絶望的ってこんななんだろうなって感じだったのを覚えてる。
あの時ロイドもぼろぼろだったから、多分二人揃って病院送りになったんだ。
身体を起こすと、やっぱりあちこちが痛い。
「あ。ケン」
頭の邪魔な包帯を解いていたら、ロイドが部屋に入ってきた。
「いま起きた? 大丈夫?」
「そう言うお前こそ、大丈夫なのかよ」
オレもあちこち包帯とバンソーコーだらけだけど、ロイドだって負けてない。包帯の数はロイドの方が多そうだ。眼鏡にはヒビが入ってる。あーあ、またかよ。
やっぱりこいつも一緒に運ばれたんだな。
「うん、何とか。あ、だめだよ、勝手に包帯取っちゃ!」
「いいんだよ、邪魔なんだから」
も~、とか何とか言いながら、ちょっと足を引き摺るようにロイドは近付いてくる。隣のベッドのシーツがくしゃくしゃしてるのは、どうやらこいつが使ってたぽい。そこに座ったロイドは、確認するようにオレを見ていた。
「本当に大丈夫? どこか動きがおかしな所とかない?」
「平気だって、いつもと同じ。
それよりお前こそどうなんだよ。あの後どうなったんだ?」
「ああ、ケンが倒れた後?
何とか頑張って車達は追い払ったんだけど、
その後でおばさんに見つかっちゃってさ……」
おばさんか……それは手強いな。
正直、スクラッパーとかオールドロボのPKビームよりも、おばさんの説教の方がきっついもんな。なんてゆーか、精神的に。
「逃げようとしたら足がもつれて転んでさ。
それで眼鏡にヒビ入ったんだけど……
そうしたらもう、立ち上がる暇もなくて、おばさんのお説教の連続攻撃。
とても耐えられなくて、そのまま気を失っちゃって、気付いたら……」
「ここだった、ってわけか」
ロイドはうん、と答えた。
車を追い払ったってのはちょっと意外だったけど、ダンカン工場で鍛えられたのはこいつも同じってことか。ま、少しは強くなってくれなきゃ困るしな。
「それでさ、ケン。
ふっ飛ばしたよ! 線路を塞いでた大岩!」
「何だよ、一人で見に行ったのかよ! ずりーぞ!」
「僕だって入院してたんだから行けないよ!
そうじゃなくて、お見舞いに来てるひとから聞いたんだ。
大岩が木っ端微塵になったから、役場のひとが後片付けをして、
線路の修繕をしたら、また列車走るようになるって言ってたって。
もうすぐ運行再開だって、その話で持ちきりなんだって!」
目を輝かせるロイドは興奮気味に詰め寄ってきた。
「やっぱり、僕は間違ってなかったよ、ケン!
ありがとう君のお陰だ!」
「何だか良く分かんねーけど、良かったな」
「うん!
……その、それで、これからなんだけど、
ケンは、どうするの?」
「勿論、駅に行って列車に乗る!」
大体、そのためにダンカン工場なんかに行って、こんなメに遭ったんじゃないか。
「列車に乗って、って、どこに行くのか目的あるの?」
「そんなもんないっ。
でもとにかく、今はどこでもかしこでも
おかしなことが起こってるんだから、
そこに行けば何か見つかるさ」
「……見つかるって、何が?」
「わかんねーよ、何かだよ、何か!
メロディだって、あるかも知れないし」
「そうか、メロディも探さないといけないんだよね」
独り言みたいにロイドは呟いた。
クイーンマリーから頼まれたメロディ探しはアテがない。だから、おかしなことが起きてるところは片っ端から調べていかないといけないんだ。今はどこもかしこもおかしなことだらけだから、駅に行けば何かの噂話が聞けるはずだ。きっと。
「じゃあ、ケンは駅に行くの?」
「サンタクロース駅だっけ? って、どこ?」
「あ、うん……あの大岩の向こう側」
「そっか!」
オレはベッドから飛び降りた。少しだけ腕が痛んだけど、治るのなんて待ってられない。
他に痛いところがないか、動かしてみて確かめてみたけど大丈夫だ。
―――ん?
「ロイド、何してんだよ、早く準備しろよ」
ぼーっとした顔で座ったままのロイドに声をかけると、こいつはぽかんと口を開けて、それから少ししてから、
「え?」
なんて言う。
「え? じゃないだろ。
さっさと退院して、駅に行くぞ!
あの大岩のやつが粉々になったところもキチンと見届けないとだしな!」
もうオレはパジャマ脱いでシャツ着てるって言うのに、ロイドと来たら困った顔してオロオロしてる。もう、相変わらずドンくさいなーこいつ。
あ、もしかして……
「お前、さてはもう嫌になったんだろ」
オレの言葉に、ロイドはどきっとしたみたいでうろたえて、何度かぱくぱく口を動かす。それからぱっと顔を伏せたかと思うと、上目遣いに、だけど視線は合わせずに小さく呟いた。
「嫌、とか……そんなんじゃなくて………」
ロイドは何てーのか、はっきりしないことが多い。答えがちゃんと出てる質問にははっきり答えられるくせに、自分自身の気持ちとかを聞いた時に、よくこんな感じになる。
オレとか、他の誰かから何か言われるのが怖いって思ってるんだ。誰も何も言わないのに。
だけど、自分の本当にやりたいことは絶対に曲げないって知ってる。だってあの理科室の爆発の時なんか、周りはすごい騒ぎだったってのに、こいつときたらケロっとしてたんだぜ。
だから余計、オレはこう言う時のロイドと話してるとイライラする。
でも、ロイドだって本当に嫌なことははっきり嫌だって言うから、オレはロイドがどうしてもダメだって言うこと以外は全部やらせてきた。あいつのやりたいことのためにオレだって頑張ったんだし。それが仲間ってもんだろ。
「じゃ、なんだよ」
「……えと、あの…」
もごもごと口の中で何か言ってるけど、聞こえない。
テレパシーって頭の中のこと読めるけど、考え事とかでぐちゃぐちゃしてるひとの頭の中覗くと、オレが相当疲れるし、そんな時は結局読めないんだ。多分、今のロイドの頭の中覗いても分かんないだろうし、黙って勝手にテレパシー試すのは悪いことのような気がしてる。
「僕、一緒に行ってもいい、のかな、って」
「……は?」
オレは何を言われたのか分からなくてロイドを見たけど、ロイドはさっきからの俯いたまんまで、それきり黙ってしまった。二人で無言でいると、窓から入ってきた風が消毒液のツンとした匂いをちょっとだけ吹き飛ばしてくれた。
目の端に入った真っ白な壁と床と、さっき見た夢の中の真っ白な野原、そして、何よりもしっかりしたイメージが頭の中に浮かんだ。
真っ白な雪と、遠い枯れ木の向こうに、小さな十字架が見える。空は、今にも降り出しそうに重そうな色をしてる。
あれは……
「行くぞロイド」
「……え?」
「ぼーっとしてないで、早く準備しろよ!
駅行って、列車乗るぞ!」
もうオレは、グローブはめたらすぐにでも出て行けるってのに、こいつったらベッドに座ったままポカンとオレを見上げてるんだ。やっぱりドン臭いなあもう!
「もう、次に行くところ決まってんだから、ぐずぐずすんなよ!」
「え、え? ちょ、ちょっとケン……」
「オレ、治療費払ってくるから、早く着替えて来いよ!」
「えー! ちょっとケン、待っててば!」
荷物を持って、病室から出るオレを追いかけようとロイドが立ち上がった。
でもオレは待つつもりなんてなかったから、ちょっと早口で捲くし立てて部屋から出て行く。
「列車の中で聞くよ!
だから、早くしろよ!」
ドアの向こうでロイドが何かを大声で喚いてた。廊下を歩く患者とか見舞い客とか看護婦さんとかが、ちらちらこっちを見てるのが恥ずかしかったから、オレは大股で階段に逃げる。
あのぼったくり医者からまた凄い治療費取られるんだろうな。この間まで貯まってたお小遣いも、ロイドの治療費で吹っ飛んでたもんな……一端ロイド置いといて、デパートでお金下ろしといた方が良いかな。パパももうちょっとお小遣い奮発してくれても良いんじゃないの? オレこんなに頑張ってんだしさあ、なんて考えてたら、上の方からばたばたした足音が追いかけてくる。
早く行こうぜ。
まだまだ色んなところに行かないといけないんだ。
もっと先に、まだずっと向こうで、オレ達が来るのをずっと待ってるんだぜ。
仲間が。
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